日本刀に導かれて

 

2〜3年前から

知人の先祖が、熊本で刀鍛冶だったという話は

聞いていました。

 

熊本で刀鍛冶であれば

肥後金工に出会えるのでは・・・と思い、

「一度、見学させてください」とお願いしたところ、

 

こころよく了承してくださったので、

さっそく

見学させていただきました。

 

 

思ったとおり

後代の肥後金工ではありますが

肥後拵(ひごこしらえ)で、

全て肥後金工の日本刀に出会いました。

 

 

見せていただいた刀の中には

「サビ」があるものもあり、

さっそく研ぐことをおすすめしました。

 

とりあえず、すぐに

刀のお手入れもさせていただきました。

 

 

この刀鍛冶の方が

何というお名前で制作していたのかも知りたくて

「銘」を見てみることに

 

すると

 

 

金剛兵衛源盛光(こんごうひょうえみなもともりみつ)。

 

昭和19年に現代刀匠の全国人気番付で

西の横綱を張った

あの金剛兵衛源盛高(こんごうひょうえみなもともりたか)

盛高靖博さんの弟子だったのです。

 

 

ちなみに金剛兵衛源盛高家は、

鎌倉時代の永仁頃(1293年)、

福岡県太宰府宝満山の僧門の刀工

金剛兵衛源盛高(こんごうひょうえみなもともりたか)を祖師とし、

宝満山の修験者の刀工として筑前国で13代、
その後、

寛永(1632年)に肥後国大名細川三斎公に従い、

八代で、妙見宮修験者の刀工として現在で13代目、

会わせて26代700年の歴史がある刀鍛冶です。

 

 

また、

宝満山の修験者の刀工であった金剛兵衛の刀の特徴は、

切られた者が安らかに成仏するようにとの願いを込めて

中心(なかご:柄の中に入る部分)が

(よくお墓に立っている)

卒塔婆(そとば)の姿をしています。

 

 

盛光さんの刀もそうなっていました。

 

私はお世話になった無双直伝英信流の

(故)岡嶋先生が

盛高さんの大ファンだったこともあり、

子供の頃からお名前を存じ上げておりました。

 

ここにお伺いしたからこそ

盛光さんがいらっしゃったことも知りましたし、

あらためて金剛兵衛の美しさを感じました。

 

しかし、

今回は、なんか

サビた刀が手入れをしてほしいと

刀に呼ばれてここに来たような気もして、

一本一本、丁寧にお手入れさせていただきました。

 

いろんな作風にチャレンジしたようですね。

写真は撮影していませんが、いくつか種類がありました。

 

 

平成の時代になり、

こちらのご家族では

誰も刀鍛冶を受け継ぐことはありませんでした。

 

やはり、刀を知らなければ

手入れすることも解りませんので

どうしてもサビてしまいます。

なので、お手入れ方法をお伝えしました。

 

また、

この美しい日本刀をいつまでも

ご家族で受け継ぎ、先祖が作った

芸術を大切にしてほしいと思いました。

 

刀をお持ちの方は

お手入れを定期的にしてください。

刀はサビます。

 

 

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